言われたものを作らない製本屋 「本当にその本でなくてはならないの?」
篠原紙工には、変わった仕事が舞い込んでくる。川島小鳥の写真集『明星』は特殊な装丁ゆえ、同社にたどり着く前にも複数の製本所で断られた強者。それでも表現にこだわりたかった出版社は篠原紙工の噂を聞きつけその門を叩いた。
製本所が受ける仕事の大半は受託で、決まった仕様の通りに単価積算で見積もりを提示するのが一般的。しかし篠原紙工は、その仕様にも純粋に問いを投げかける。丸い本が作りたいと言うが、なぜ丸い本なのか。本当に丸い本でなくてはならないのか。その本で何がしたいのか。ときには話し合いの末、当初の要件とは違うものを提案することさえある。製造業に身を置きながら「作ることが仕事ではない。そのまま作らないことが正解の場合もあり得る」と言う篠原社長。作ることの背景には何かやりたいことがあるはず。本質に立ち返って手助けするのが彼らのスタンスだ。
「紙でやらないことをやる」 技術を駆使して紙のもつ価値を追究
製本業はあくまでも手段。だから本を作るとは限らない。分厚い本の形をした電子書籍「全巻一冊」シリーズは電子機器メーカーと二人三脚で共同開発した自信作。電子書籍ならではのコンパクトさ、本でこそ得られるクオリティと所有欲、そのすべてを満たすプロダクトを追求した結果、約1年半の歳月をかけて完成。今や人気漫画16タイトルが発売されている。
紙製のジュエリー「ikue」もまた紙ならではの表現力と軽さを活かしたユニークなプロダクトで、篠原紙工の製本技術が取り入れられている。こちらもやはり開発には1年近く費やした。受託案件はプロジェクト期間の長さがコストであり負荷になるもの。それでも「紙だから生み出せる価値がある」と開発の手を止めることはなかった。海外の展示会でも高い評価を受け、発売直後から問い合わせや取材が相次ぎ、今後販路の拡大も視野に入れているという。
すべての経営判断は「社員がハッピーになる道を選ぶ」こと。あえて難題に挑むのも、仕事のモチベーションにつなげるため。プライベートでの創作活動を支援し、オフタイムには会社設備を開放し自由に利用させるなど、仕事だけに縛られず公私ともに充実したライフスタイルを推奨している。世間一般にはあまり目立たない陰の仕事と思われているかもしれないが、いつかは社員が胸を張れる、憧れられる職業になりたい。「篠原紙工だからできること」「篠原紙工にこそ頼みたい仕事」を通して、依頼者も社員もハッピーでありたい。そう語る篠原社長は何やらすでに楽しそうだ。