ヴィーガンも安心、深川生まれのピースシルク「深川蚕」
絹織物の工房で譲り受けた端切れを枕カバーにしたところ、みるみる髪が艷やかになった。「なぜ?」シルクの成分に興味が湧いた坪川氏は、日本野蚕学会に参加した。インドの養蚕農家を訪ね、蚕の飼育記録をつけるなど、野蚕と直に触れるうち、いつしか野蚕の虜になっていた。
研究を重ねた坪川氏は、エリ蚕とシンジュ蚕を交雑しオリジナル品種「深川蚕」を開発。汗の吸収率が高く、太く頑丈な糸が生成できる深川蚕を育て、商品化することにした。一度に飼育する蚕は約1000匹。孵化から約50日の生涯を見守りながら、糸を紡ぎ、機織機でストールなどを織る。
深川蚕はさなぎを出してから繭を煮沸するため、蚕を殺傷することなく糸を生成できる。こうして作られるシルクはピースシルクと呼ばれ、ヴィーガンの人々にも歓迎されている。
「野蚕の素晴らしさを広めたい」街角にWILD SILK MUSEUMを開設
研究のために関わるようになった日本野蚕学会では、書籍やネットで知り得なかった情報に数多く触れることができた。しかし研究発表が終わればそれで終了。興味深い知見の数々が日の目を見ないことを、坪川氏は歯がゆく思っていた。「野蚕の素晴らしさを一般の人にも広めたい」という思いから、自身の暮らす深川に「WILD SILK MUSEUM」を開設した。
ミュージアムでは書籍や標本の他、深川蚕の糸を使った衣料品、同じく蚕を愛するクリエイターによる雑貨などを展示・販売している。同一製品を大量生産することはしていない。面白いと思った物を作り、ミュージアムの来場者と対話を重ねてより良い製品に仕上げていく。そうして来場者もミュージアムの一員になっていく。
ミュージアムの活動は地域でも評判を呼んでおり、近隣の小学校では出張授業を行っている。命の尊さ、そして蚕の恵みを、身をもって知る良い教材になっている。
着て良し、塗って良し、食べて良し。深川蚕は元祖SDGs
SDGsへの関心が高まる昨今だが、それ以前から坪川氏は「廃棄ゼロ」を目指している。廃棄しようとした部分が高栄養だったり、食べてみたら意外とおいしかったり。「深川蚕は捨てるところがない。結果的にSDGsになっている」と坪川氏は笑う。最近の関心事は、蚕を煮出した水溶液の活用。美容液として市販化されているものもあるが、添加物を最小限に留め、なるべく濃厚かつ自然な成分で製品化したいと研究中だ。
また、最近では地方に大規模飼育の協力者が現れたことで事業規模の拡大を計画中。企業コラボ、とくに異業種との協業に期待を寄せる。深川はアクティブな事業者が多く、ミュージアムの近隣にも江東ブランドの認定企業が複数存在する。深川発のユニークな事業が全国に名を馳せる日も近い。